第21号 -平成26年10月20日発行-
■発行人:和田成雄  ■編集人:井原 裕  ■題字:福井 厳 顧問
第24回 糖尿病医会学術講演会
  • 平成25年11月30日
  • 京都府医師会館

「糖尿病と認知症」

総合・特別講演司会

京都第一赤十字病院

田中 亨 先生

特別講演司会

京都医療センター

島津 章 先生

ワンポイントレクチャー司会

京都桂病院

山本 泰三 先生

65歳以上の高齢者のうち、認知症の人は推計15%で2012年時点では約462万人にのぼることが厚生労働省の調査でわかった。軽度の認知障害の高齢者も約400万人いると推計され、65歳以上の4人に1人が認知症かその予備軍となる。高齢化社会になり、高齢者糖尿病が増加するに伴って、認知症を合併する糖尿病患者も増えている。糖尿病では認知症発症リスクが高くなることが知られているが、糖尿病治療は患者自身による自己管理が主体であり、糖尿病患者が認知症になることは糖尿病自体の治療も困難にしてしまう。
認知症の包括的管理と糖尿病 国立長寿医療研究センター もの忘れセンター 外来部長 櫻井 孝 先生

糖尿病の認知障害は、生活機能を低下させる。つまり、健康寿命を短縮させる要因として位置づけられる。また糖尿病は認知症の新規発症を高める。認知症の危険因子として、遺伝的素因に加え、生活習慣病、うつ、頭部外傷などが一般的である。糖尿病では、さらに重症低血糖、高血糖、血糖の変動、インスリン抵抗性、脳血管障害が認知機能低下に関与する。

認知症の新規発症を抑制する血糖管理目標値については数編の報告がある。久山町研究では、75g糖負荷試験の成績と認知症発症との関連を調べている。負荷後2時間血糖値が高い(140mg/dl以上)とADの発症が高かった。海外の報告ではHbA1cが7%を越える群で、認知症の発症が高かった。つまり認知症発症を予防するためには、かなり厳格な血糖管理が必要と考えられる。

一方、認知症がすでに合併した高齢者糖尿病での治療目標に関するエビデンスはいまだ乏しい。認知機能が悪化すると糖尿病管理が悪化し、逆に血糖管理が不良であるとさらに認知機能が低下する。つまり両疾患の治療は同時に行わねばならない。これを放置すると、急性代謝失調(低血糖・高血糖)のリスクが高まる。認知症高齢者では食事・運動療法の遵守は困難で、薬物アドヒランスも低く、さらに認知症の行動・心理症状(BPSD)がさらに治療を困難にしている。高齢者糖尿病にADを合併した例は均一ではなく、インスリン抵抗性、血管合併症、BPSDにも多様性がある。血糖管理の視点から、最近の解析結果を提示する。

糖尿病に合併する認知症では、全身の血管性要因の影響が大きい。このため認知症があっても糖尿病の管理が重要であることに疑いの余地はない。過食がとめられず、薬物の増量を行っても“焼け石に水”となる症例に悩まされることも多い。しかし、たとえ十分な血糖管理が達成できなくても、あきらめずに糖尿病の治療を行うことで、急性代謝失調が回避され、認知機能が長期にわたり維持できた症例を経験する。介護者の協力を得て、また包括的チーム医療をフル活用することで、認知症合併例を管理することが望ましい。

糖尿病合併症としての認知症 東京都健康長寿医療センター糖尿病・代謝・内分泌内科 荒木 厚 先生

1. 糖尿病と認知機能低下、認知症

認知症を合併した高齢糖尿病患者は現在約100万人いると推定される。糖尿病は、糖尿病でない人と比べて、認知機能低下や認知症をおこしやすい。最近のメタ解析では、糖尿病のアルツハイマー病(AD)のリスクは1.5倍, 血管性認知症のリスクは2.5倍、認知症全体のリスクは1.5倍である。

2.インスリン抵抗性と認知症

高インスリン血症は認知症の危険因子である。一方、AD患者は脳でのインスリン作用不足が見られる。糖尿病、IGTなどのインスリン抵抗性が高い状態は、脳のインスリン作用不足となり、それがβアミロイド産生につながり、ADをきたす。

インスリン抵抗性を改善する運動、地中海食、減量は認知症を予防する。インスリン抵抗性改善薬、GLP-1受容体作動薬は認知症のモデル動物の認知機能低下を抑制し、βアミロイドを減少させる。また、点鼻インスリンはAD患者の記憶力を改善させる。したがって脳でインスリンがうまく作用することが認知機能の維持に重要である。

3.血糖コントロールと認知機能低下、認知症

糖尿病、とくに高血糖の患者では注意集中力や視覚記銘力などの認知機能が低下する。一方、血糖を短期間で良くすると、この認知機能低下は一部改善する。未治療の高齢者の追跡調査ではHbA1cが7.0%以上の人は、約4.8倍認知症を発症しやすい。高齢者の重症低血糖は1回でも認知症のリスクとなる。したがって、認知症予防のためには重症低血糖を防ぎつつ、血糖を良くすることが大切である。そのためには、SU薬やインスリン治療の場合は、HbA1c 6.5%未満に下げないこと、腎機能を評価しながらSU薬を少量で使用することが大切である。

4.動脈硬化の危険因子と認知症

高血糖だけでなく、高血圧、脂質異常症などの動脈硬化の危険因子を包括的に治療することは、脳梗塞を予防し、認知症の予防につながる。以上より、糖尿病における認知症を防ぐためには、①インスリン抵抗性の改善、②適切な血糖コントロール、③動脈硬化の危険因子を包括的に治療することが大切である。

5.認知症合併例の血糖コントロール

認知機能や身体機能が保たれた健康な高齢者では認知症予防のために、血糖コントロール目標はHbA1c 7.0±0.5%とすべきである。一方、認知症合併例、多くの併発疾患や機能低下がある患者、低血糖のリスクが高い患者、社会サポートが乏しい患者は重症低血糖のリスクを考え、目標HbA1cを 8.0±0.5%とすることが望ましい。

ワンポイントレクチャー「IgG4関連疾患と糖尿病」 京都第一赤十字病院 総合内科 尾本 篤志 先生

IgG4関連疾患(IgG4-RD)は、リンパ球とIgG4陽性細胞の著しい浸潤と線維化により、同時性あるいは異時性に全身諸臓器の腫大や結節・肥厚性病変などを認める原因不明の疾患で、2012年に世界に先駆け、日本から診断基準が提唱された。標的臓器は多岐にわたり、膵、腎、後腹膜、眼、胆管、中枢神経、甲状腺、前立腺などが侵される。自然軽快することもあるが、進行性で、障害の程度により治療を行うが、副腎ステロイドによる治療が中心となる。治療反応性はよいが、減量、中止による再燃が比較的多く、難治例では免疫抑制剤が併用されることがある。

IgG4-RDの代表的疾患である自己免疫性膵炎(AIP)は、80%に膵外分泌機能の低下があり、また、膵外分泌腺の線維化に伴う膵内分泌障害の血流障害および炎症波及によるランゲルハンス島の障害がみられ、70%に糖尿病を認める。ステロイド治療は、AIP関連の糖尿病患者において、耐糖能異常を改善させる可能性も報告されているが、症例により悪化する症例もある。線維化による不可逆性のラ氏島の機能低下があれば、耐糖能は改善しないと考えられている。現在AIP関しては、黄疸症状、腹部症状の有無が治療適応になるが、インスリン分泌機能の保持を考えるならば、たとえ無症状でも、耐糖能異常がみられた場合には、ステロイド治療を行うべきではあると考える。

 
第25回 糖尿病医会学術講演会
  • 平成26年6月28日
  • 京都府医師会館

「臨床成績をいかに解釈するか」

総合司会

三菱京都病院

中野 忠澄 先生

特別講演司会

京都医療センター

島津 章 先生

特別講演司会

京都府立医科大学

福井 道明 先生

ディスカッション司会

京都第二赤十字病院

長谷川 剛二 先生

メタ・アナリシスから臨床研究を読み解く 天理よろづ相談所病院 内分泌内科 林野 泰明 先生

メタ・アナリシスという用語はシステマティックレビューという用語と混同されて用いられることが多いが、本来はシステマティック・レビューに含まれているプロセスである。システマティック・レビューとは、あるクリニカルクエスチョンに対して,研究を網羅的に調査し,同質の研究をまとめ,バイアスを評価しながら分析・統合を行うことであり、メタ・アナリシスとはそのうち、効果指標の値を統計学的に統合し,統合値と信頼区間を計算し,定量的統合を行う過程を指す。前者を定性的システマティックレビュー、後者を定量的システマティックレビュー(メタアナリシス)と区別して呼ぶ場合もある。

システマティック・レビューに関しては、統計学的に統合された結果のみがひとり歩きする場合が多いが、メタ・アナリシスはいわばそのテーマに関するナレッジ・ベースであり、テーマを設定して論文を収集し、論文の質を評価したり、結果の非一貫性の原因を探求するプロセスを含む情報の総体に情報としての価値が存在する。メタ・アナリシスを行う際に、事前にプロトコルを作成し、PRISMA (Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses) Statementと呼ばれるガイドラインに従って論文を作成することが求められるようになってきている。事前に作成したプロトコルはPROSPEROと呼ばれるデータベースに登録することが推奨されている。

メタ・アナリシスを行う際には、非一貫性(heterogeneity)の評価を行う必要がある。不均一なデータをそのまま統合することは問題があるため、非一貫性の原因を探索する必要がある。非一貫性は臨床的な非一貫性と統計学的な非一貫性という区別を行う場合もある。母集団、介入方法、アウトカムの設定、研究方法や質の違いにより非一貫性が生じる場合がある。その場合には、サブグループ解析なメタ回帰分析などを行う必要がある。

メタ・アナリシスの結果は集団の平均値であり、特にランダム化比較試験のメタ・アナリシスは限られた集団における介入の効果の結果をまとめたものである。そのため、メタ・アナリシスの結果については、研究が行われた背景と目の前の患者の個別の背景とを照らし合わせて適応可能性を判断しながら臨床応用する必要がある。

大規模臨床試験の見方、考えかた 臨床研究適正評価教育機構(J-CLEAR) 理事長 桑島 巌 先生

はじめに

EBMの概念が登場して以来、治療学はそれまでの経験主義や実験手技から科学的根拠に基づくものへと大きく変わったが、一方において当初懸念された通り、企業戦略や医療政策に利用されるようになったことも事実である。EBMをより正しい方向に導くためにもその適正解釈は不可欠であり。昨今相次いで発表されている大規模臨床試験からの教訓は少なくない。EBMの根幹をなす大規模臨床試験の見方考え方について改めて考えてみたい。

1.エビデンスの批判的吟味はEBMの基本

エビデンスは、特定疾病の均一な集団での結果に過ぎず、目の前の患者にその結果をそのまま適応するとは限らない。たとえば75歳以上の後期高齢者の心房細動の症例において、ワルファリンが脳塞栓の予防に有用であることがBAFTA試験1)で証明されたが、本試験に参加した被験者は75歳以上ではあっても認知症による薬の飲み忘れがなく、日常生活も自立している健常な高齢者ばかりであることを念頭に置く必要がある。日常診療で診察する後期高齢者では、自立した元気な老人もいれば、認知症で薬の自己管理が出来ない人、足腰の筋力低下や膝関節症によって自力歩行もままならない人など様々である。このような高齢者では本試験の結果をそのまま当てはめる訳にはいかない。

高齢者の高血圧治療に関しても然りである。80歳以上の高齢者を対象として利尿薬を第一選択薬とした実薬治療群とプラセボ群の脳卒中発症と死亡率を比較したHYVET試験2)では、後期高齢者でも降圧薬治療を行うことの安全性と有用性が証明されたが、この試験でも対象となっているのは自立した、認知症もなく、他の合併症も少ない後期高齢者であることは知っておくべきである。実際の日常診療における後期高齢者では腎機能や肝機能が低下した症例や、関節炎や腰痛、胃潰瘍などに対して多くの薬を服用している症例も少なくなく、3剤も4剤も追加することはかえって副作用の危険性をもたらす可能性もあることは考慮しなければならない。

2.“都合のよい解釈”への警戒は必要:エビデンスの質を見極めることの重要性:

今日多くの大規模臨床試験は製薬企業の経済的支援によって行われているのが実情である。Bourgeoisら3)は、1999年にNIHの臨床試験登録サイトClinicalzTrial.govにレジストリーされ、2000年から2006年に発表された高脂血症治療薬や抗うつ薬などに関する大規模臨床試験について企業支援型の臨床研究発表の特徴についてまとめている。その報告によると登録されてトライアルの63%が企業による経済的支援をうけた試験であったが、試験薬が良好であったという結果は、政府支援型では50%に過ぎなかったのに対して企業支援型では85.4%にもみられたと報告している。(Arch Intern Med 2010:153:158-166)

企業支援の臨床試験には、試験薬が不利の結果がでそうな場合には試験への支援を中止する。あるいは結果を発表させない。二次エンドポイントのなかで試験薬に有利な箇所のみを強調して宣伝する。などの手段がとられることがしばしばある。

“SPIN”とは、ある特定の印象を与えるように意図した都合の良い見解や解釈をいうが、臨床試験の場合には、「主要なエンドポイントに関して統計学的には有意でなかったにもかかわらず、(試験薬あるいは機器機材)による治療が有効であったかのように印象づけるような報告方法のこと」をさすが、Boutronら4)はRCT論文72編について分析した結果、論文タイトルにSpinが含まれていた論文が13編、要約の結果と結論にspinがみつかったのはそれぞれ27編と42編であり、実際の結果との整合性に欠ける論文が非常に多いと指摘している。(JAMA 2010;303:2058)

3. 二次エンドポイントや後付解析は偶発的要素が強い

一次エンドポイントに差がつかなったために、二次エンドポイントにおいて試験薬有利な点を探しだしそれを大々的に報道する例は枚挙にいとまがない。代表的な試験はVALUE試験5)であるが、本試験ではARBバルサルタンの心血管複合エンドポイント発症を一次エンドポイントとして、長時間作用型Ca拮抗薬と比較した試験であるが。結果においては、一次エンドポイントにおいて対照薬であるCa拮抗薬との間に有意差はつかなかった。また二次エンドポイントにおいて心筋梗塞や脳卒中発生において有意、あるいは有意傾向をもってARB治療群の方が多かったにもかかわらず、論文発表においては代理エンドポイントにすぎない新規糖尿病発症のみARB治療群で有意に少なかったことを強調したり、さまざまな補正を加えた後に、心不全はARB治療群の方が予防効果にすぐれるとの報道をおこなった。統計的な補正を加えるということば実地診療においてはあり得ないことであり、ほとんど参考にならないどころか誤った方向に治療を導くことになりかねない。

また多くの不整脈専門家はupstream治療としてARBが心房細動再発予防に有用であると主張してきた。しかしARBがプラセボあるいは他の降圧薬よりも心房細動一次予防あるいは再発予防に優れるとの結果は、すべて二次エンドポイントの結果として発表されたものであった。近年あいついでARBのAF予防効果を一次エンドポイントとして設定したGISSI-AF試験6)やJ-RHYHTM2試験7)などの結果はいずれもARBには心房細動再発予防効果がないことを証明した。

ARBはレニンーアンジオテンシン系を受容体レベルでブロックするという新しいタイプの降圧薬として期待をもって登場したが、ELITE試験8)は高齢者の心不全患者を対象として、血清クレアチニン値26.5μmol/L(0.3mg/dL)以上の持続的上昇を一次エンドポイントとして設定しておこなわれたARBとACE阻害薬の最初の比較試験である。その結果、一次エンドポイントには有意差は認められなかったが、二次エンドポイントである全死亡または心不全による入院においてロサルタンが有意に優れているという結果であった。この二次エンドポイントの結果が強調されて、期待の新薬ARBがACE阻害薬よりも心不全予防に優れるかのような印象を臨床医に与えた。しかし一次エンドポイントを心不全患者にとってもっとも重要な“死亡”に設定しなおし、かつ対象症例も722例から3152例へと4倍以上増やし、追跡期間も48週から79週まで延長したELITE-2試験9)の結果では、ARBとACE阻害薬の一次エンドポイント予防効果、すなわち死亡回避効果には差がないことが種名された。以来今日にいたるまで、心不全治療に対するARBのACE阻害薬に対する優位性は証明されていない。

また我が国のガイドラインにおいて、糖尿病患者に対して、ACE阻害薬やARBが推奨されている。しかしRA系抑制薬が新規糖尿病発症予防効果があるとされたこれまでの成績はいずれも二次エンドポイントあるいは後付サブ解析の結果にすぎない。

たびたび引用するがVALUE試験5)では、エンドポイントの中に、心筋梗塞や脳卒中とならんで、新規糖尿病発症が組み込まれているのである。しかも心筋梗塞や脳卒中などはアムロジピンの方が有意あるいは有意傾向をもってバルサルタン群よりもすぐれているのに、新規糖尿病発症だけはバルサルタン治療群の方が優れていることを誇張している。心筋梗塞、脳卒中などの真のエンドポイントと新規糖尿病発症などの代理エンドポイントを同列に扱うこと自体が不自然であり、さらに解析方法までもが異なった方法なのである。心筋梗塞、脳卒中を含めた複合エンドポイントはハザードリスクで算出しているのに、新規糖尿病発症はオッズ比で解析しているという奇妙な結果なのである。なにより代理エンドポイントは心血管病という一次エンドポイントを推定する材料として設定されるべきなのに、新規糖尿病は予防しても心筋梗塞はむしろ多いという矛盾した結果を発表しているのである。新規糖尿病を一次エンドポイントとして設定して行われたDREAM試験10)ではACE阻害薬ラミプリルの新規闘病病発症予防効果はプラセボと差を認めなかった。また耐糖能障害を有する患者でのARBバルサルタンの有用性をプラセボと比較したNAVIGATOR試験11)では、バルサルタンは新規糖尿病への進展をごく僅かに予防したものの、そのことが心血管合併症予防効果にはまったく繋がらないという結果であった。

4.方法論としてのPROBE法の問題点

近年、とくにわが国では二重盲検法が施行しにくいという実状からPROBE法が広く用いられるようになっている。PROBE法とは、prospective randomized open-blind endpointの略であり、医師も被験者も試験薬群に割り当てられているのか、あるいは対照薬なのかが分かっている割り付け方法である。しかしもし担当医がエンドポイントが発生したと判断し、そのレポートがイベント判定委員会に送付された場合、イベント判定委員は、そのイベントがどちらの群で発生したのかは分からない仕組みである。PROBE法は、二重盲検法にくらべて実行しやすく、かつ患者にも説明しやすいことからわが国の臨床試験でも好んで用いられている方法である。

ARBバルサルタンの心血管合併症予防効果を非ARB治療と比較したJIKEI-HEART試験12)、KYOTO-HEART試験13)ではこの方法が用いられている。どちらの試験においてもARBの方が非ARBに比べて格段に優れているという結果を導きだしている。一次エンドポイントとしては、心筋梗塞、入院を必要とする心不全、入院を必要とする狭心症などを含めた複合心エンドポイントを設定しており、その内訳をみると、心筋梗塞や心血管死では両治療群に有意差は認めないが、狭心症、心不全、一過性脳虚血発作において大幅にARBに優れているという結果を導いている。

実は、PROBE法で試験を行う場合にはエンドポイントの設定において現場の担当医師の判断が入りやすいエンドポイントを設定してはいけないという約束事がある。循環器疾患であれば、たとえば狭心症による入院、心不全による入院、一過性脳虚血発作による入院などがこれに相当する。これらはいずれも客観性に乏しく、主治医の判断によって決定されるところに問題があるのである。同じバルサルタンを用いて二重盲検法で行われた臨床試験であるVALUE試験5)では、一次エンドポイントには有意差はみられなかったものの、二次エンドポイントである心筋梗塞においてバルサルタンの方が比較対照薬であるアムロジピンよりも有意にその発症が多いことが示され、また狭心症の発生も有意にバルサルタン群で多いことが示されている。同じ薬剤でありながら、狭心症の発生が二重盲検法という厳格な方法で比較すると非常に多い、PROBE法というオープン試験で行うと断然少ないという奇妙な結果になってしまっているのである。この件に関する詳細はHypertens Res誌に投稿した”Magic ARB or Magic Trial?14)をお読みいただきたい。

おわりに

臨床試験の根幹をなすエビデンスは臨床試験によって得られるが、その臨床試験が企業の経済的支援によって運営されている以上、臨床医に求められるのは結果を鵜呑みにするのではなく、結果とその解釈を批判的に吟味する姿勢が求められるのである。

注:ClinicalTrials.gov は米国のNIH(国立衛生研究所)が提供する、172カ国約9万件の臨床試験を登録・公開しているレジストリーであり、日本からも約1500件のトライアルが登録されている。世界的な学術雑誌では、臨床試験に関する論文の投稿に際してレジストリーへの登録を義務付けている。

文献

1. Mant J et al on behalf of BAFTA investigators and Midland research practices network (MidReC): Warfarin versus aspirin for stroke prevention in an elderly community population with atrial fibrillation (the Birmingham atrial fibrillation treatment of the aged study, BAFTA): a randomised controlled trial. Lancet. 2007; 370: 493-503.

2. Beckett NS et al for the HYVET study group: Treatment of hypertension in patients 80 years of age or older. N Engl J Med. 2008; 358: 1887-98

3.Bourgeois FT et al. Outcome reporting among drug trials registered in clinicaltrials.gov. Ann Intern Med 2010:153:158-166

4.Boutron I, et al. Reporting and interpretation of randomized controlled trials with statistically nonsignificant results for primary outcomes. JAMA 2010:303:2058-2064

5.Julius S et al for the VALUE trial group: Outcomes in hypertensive patients at high cardiovascular risk treated with regimens based on valsartan or amlodipine; the VALUE randomised trial. Lancet. 2004; 363: 2022-31

6. Disertori M et al for the GISSI-AF investigators: Valsartan for prevention of recurrent atrial fibrillation. N Engl J Med. 2009; 360: 1606-17

7.Yamashita T, et al. A Randomized Study of Angiotensin II Type 1 Receptor Blocker vs Dihydropyridine Ca Antagonist for Treatment of Paroxysmal Atrial Fibrillation in Patients with Hypertension. 第75回日本循環器学会総会 2010.3月

8. Pitt B et al on behalf of ELITE study investigators. Randomised trial of losartan versus captopril in patients over 65 with heart failure; evaluation of losartan in the elderly study, ELITE. Lancet. 1997; 349: 747-752

9. Pitt B et al on behalf of the ELITE II investigators. Effect of losartan compared with captopril on mortality in patients with symptomatic heart failure; randomised trial-the losartan heart failure survival study ELITE II. Lancet. 2000; 355: 1582-1587

10. DREAM trial investigators: Effect of ramipril on the incidence of diabetes. N Engl J Med. 2006; 355: 1551-62

11. The NAVIGATOR Study Group: Effect of Valsartan on the Incidence of Diabetes and Cardiovascular Events. N Engl J Med. 2010; 362: 1477-90

12.Mochizuki S et al for the Jikei Hearty Study group: Valsartan in a Japanese population with hypertension and other cardiovascular disease (Jikei Heart Study): a randomised, open-label, blinded endpoint morbidity-mortality study. Lancet. 2007; 369: 1431-9

13.Sawada T, et al.; the KYOTO HEART Study Group: Effects of valsartan on morbidity and mortality in uncontrolled hypertensive patients with high cardiovascular risks: KYOTO HEART Study. Eur Heart J. 2009; 30: 2461-9

14.Kuwajima I. Magic ARB, or magic trial? Hypertens Res 2010:33:414-415

ディスカッション:「糖尿病臨床データのピットホール」
 
第24回 京都糖尿病医会地域学習会

2014年2月1日に第24回京都糖尿病医会地域学習会が山科医師会館2階で開催されました。今回のテーマは、地域における病診連携と病診連携に際して診 療所の先生方も多く使用されるインスリン治療であるBOTでした。京都糖尿病医会会長の和田成雄先生から開会のご挨拶をいただいた後、吉廣会真多クリニック理事長の真多浩子先生から「山科における糖尿病地域連携の実情-山科区医師会の取り組み―」という演題で症例報告を交え、講演いただきました。山科医師会では8年前から糖尿病診療において地域連携パスを推進するため、山科DMエリアパス委員会を発足させ、2013年6月から、現在、山科地区糖尿病病診連携パス委員長である真多浩子先生が山糖パスとしてリニューアルして新たに運用開始していることをご報告いただきました。そして実際に真多クリニックと山科区の病院との連携で糖尿病診療を継続している経過を症例報告いただきました。山糖パスの運用にあたっては、山科区の地域マスコットである「もてなすくん」をあしらった手帳カバーを山科医師会で用意し、糖尿病連携手帳やお薬手帳、自己管理ノート、診察券などをひとまとめにできる工夫をされていました。山糖パスでは、初回には診療情報提供書とともに糖尿病連携手帳を連携する医療機関に持参するよう指導しています。特別講演には愛生会山科病院糖尿病内科 部長の神内謙至先生から「2型糖尿病患者におけるBOT」というタイトルでインスリン治療についてご講演いただきました。グラルギン、デテミルそれぞれ症例をまとめて、個体内変動やインスリン作用のピークの有無について論じられました。また、暁現象(dawn phenomenon)と薄暮現象(dusk phenomenon)を考慮した上で、持効型インスリンのタイミングを調整してみることの重要性を示されました。また、高齢者における注意点、フットケアに関して実践的なお話しをいただきました。低血糖の原因として、食事の遅れや運動量の増加、食事における炭水化物摂取量が少ないことなどがありますが、このような注意点の患者への指導方法についても詳細に提示いただきました。専門的な話しもありましたが、大変理解しやすく、フロアからも活発な質問をいただきました。最後に、山科医師会会長の片岡正人先生から閉会のご挨拶をいただき、地域学習会は終了しました。多数の先生方のご協力ももちまして、第24回京都糖尿病医会地域学習会は盛況に執り行うことができました。

(文責:洛和会音羽病院内分泌糖尿病内科 土居健太郎)
 
ADA2014学会参加報告
  • 第74回米国糖尿病学会議(ADA)
  • 2013年6月13日(金)~6月17日(火)
  • 開催地:サンフランシスコ(米国)
京都大学大学院医学研究科
糖尿病・内分泌・栄養内科学
田中 大祐

2014年6月13日から5日間にわたり米国サンフランシスコにおいてAmerican Diabetes association(ADA)が主催する第74回ADA scientific sessionsが開催された。世界121ヶ国17,300人以上の参加者が集まり、大規模臨床研究における最新の知見、ならびに糖代謝および合併症の分子機構に関する研究成果が多数発表され、活発な討論が交わされた。

大規模臨床試験の報告として、DPP (Diabetes Prevention Program)の延長フォローアップ試験として行われたDPPOS (Diabetes Prevention Program Outcomes Study)の知見が発表された。DPPは2型糖尿病発症予防を目的として2001年に発表された介入試験であり、平均約3年の期間中に、生活習慣改善指導(体重減少、運動量増加)により58%、メトホルミン投与により31%、プラセボ投与に比して糖尿病発症を抑制できた。DPPOSでは、DPPに引き続いて平均約15年の長期にわたって2型糖尿病発症予防効果を検討したものである。その結果、DPPの試験当初に生活習慣改善群に割り当てられた参加者で27%、メトホルミン投与群で17%、当初のプラセボ投与群に比して糖尿病発症が抑制されていた。DPPOS代表者のDavid M. Nathan氏は、DPP完了後は全例に生活習慣改善指導が行われたため群間の差は縮小したが、生活習慣改善やメトホルミン投与は、糖尿病発症を長期にわたり予防ないし遅延することが示唆されると結論づけた。

糖尿病発症の分子機構に関する基礎研究として、次世代シークエンス技術を用いた大規模なヒトゲノム解析に関し多数の発表がなされ、成果が今後の臨床応用につながることが期待された。これまでヒトゲノム全体をカバーする一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphisms; SNPs)を用いたゲノムワイド関連解析(Genome-wide association study; GWAS)におより、約70の2型糖尿病発症関連遺伝子が同定されたが、次世代シークエンス技術によりゲノム中のすべてのエクソン(エクソーム)、あるいは全ゲノムをシークエンスすることが容易となった。このため近年は多数の症例について次世代シークエンス技術を用い、新たな2型糖尿病発症関連遺伝子を同定する試みが進行している。Craig L. Hanis氏は、60,000人以上を対象にエクソーム解析を行った結果、空腹時血糖低下およびや2型糖尿病発症リスク低下に関連する、GLP1R (GLP-1受容体) 遺伝子配列変化を同定した。同氏は糖尿病治療薬の標的であるGLP-1受容体の遺伝子配列変化につき、PPAR-γ遺伝子(チアゾリジン薬の標的)やATP依存性カリウムチャネル(SU薬の標的)同様に理解を深める必要があると結論づけた。 筆者は、9名の糖尿病患者を有する糖尿病多発家系においてエクソーム解析を行い、罹患者に共通し、日本人一般糖尿病患者において正常耐糖能者に比して有意に高頻度であった遺伝子配列変化を同定したため、ポスターにて発表した。一般口演およびポスター発表にて他にも数席、糖尿病多発家系においてエクソーム解析を用いる試みが発表されており、意見交換を行い今後の研究を進めるための知見を得ることができた。

 
日本糖尿病学会からの薬剤適正使用に関する
Recommendation

SGLT2阻害薬の適正使用に関するRecommendation

策定:2014年6月13日

改訂:2014年8月29日

我が国で最初のSGLT2阻害薬が2014年4月17日発売され、続いて5月23日に新たにSGLT2阻害薬3剤が発売された。本薬剤は新しい作用機序を有する2型糖尿病薬であるが、治験の際に低血糖など糖尿病薬に共通する副作用に加えて、尿路・性器感染症など本薬剤に特徴的な副作用が認められていた。加えて、本薬が広汎で複雑な代謝や循環への影響をきたしうることから、発売前から重篤なものを含む多様な副作用発症への懸念が持たれていた。発売開始から1ヶ月間の副作用報告を受け、重篤な副作用の懸念のうち、残念ながらいくつかが現実化したことを踏まえ、「SGLT2阻害薬の適正使用に関する委員会」を発足させ、検討を行い、6月13日に「SGLT2阻害薬の適正使用に関するRecommendation」を策定し公表した。このたび、最初の副作用報告から2ヶ月半経過し新たな3剤の副作用報告も踏まえ最新の情報に基づき改訂を加えた。

8月17日の時点での各製剤の副作用報告によれば、予想された副作用である尿路・性器感染症に加え、重症低血糖、ケトアシドーシス、脳梗塞、全身性皮疹などの重篤な副作用がさらに増加している。この中には、現時点では必ずしも因果関係が明らかでないものも含まれているが、多くが当初より懸念された副作用であることから、本委員会としては、これらの副作用情報をさらに広く共有することにより、今後、副作用のさらなる拡大を未然に防止することが必要と考え以下のRecommendationおよび具体的副作用事例とその対策を報告する。

<Recommendation>

  • 1.インスリンやSU 薬等インスリン分泌促進薬と併用する場合には、低血糖に十分留意して、それらの用量を減じる(方法については下記参照)。インスリンとの併用は治験で安全性が検討されていないことから特に注意が必要である。患者にも低血糖に関する教育を十分行うこと。
  • 2.高齢者への投与は、慎重に適応を考えたうえで開始する。発売から3ヶ月間に65歳以上の患者に投与する場合には、全例登録すること。
  • 3.脱水防止について患者への説明も含めて十分に対策を講じること。利尿薬との併用は推奨されない。
  • 4.発熱・下痢・嘔吐などがあるときないしは食思不振で食事が十分摂れないような場合(シックデイ)には必ず休薬する。
  • 5.本剤投与後、薬疹を疑わせる紅斑などの皮膚症状が認められた場合には速やかに投与を中止し、皮膚科にコンサルテーションすること。また、必ず副作用報告を行うこと。
  • 6.尿路感染・性器感染については、適宜問診・検査を行って、発見に努めること。問診では質問紙の活用も推奨される。発見時には、泌尿器科、婦人科にコンサルテーションすること。
  • 7.原則として、本剤は当面他に2剤程度までの併用が推奨される。

副作用の事例と対策

<重症低血糖>

114例の低血糖が報告され、うち12例は重症低血糖であった。多数の糖尿病薬を使用している患者に更に追加されている場合が多いが、重症低血糖12例のうち実に9例がインスリン併用例であった。また、SU薬の併用は4例であった。DPP-4阻害薬の重症低血糖の場合にSU薬との併用が多かったことに比し本剤ではインスリンとの併用例が多いという特徴がある。SGLT2阻害薬による糖毒性改善などによりインスリンの効きが急に良くなり低血糖が起こっている可能性がある。このように、インスリン、SU薬又は速効型インスリン分泌促進薬を投与中の患者へのSGLT2阻害薬の追加は重症低血糖を起こすおそれがあり、予めインスリン、SU薬又は速効型インスリン分泌促進剤の減量を検討することが必要である。また、これらの低血糖は、必ずしも高齢者に限らず比較的若年者にも生じていることに注意すべきである。

SGLT2阻害薬とインスリン製剤の有効性及び安全性は治験では検討されていないことも留意しなければならない。従って、止むを得ずインスリン製剤との併用する場合には、低血糖に万全の注意を払ってインスリンを予め相当量減量して行うべきである。

また、SU薬にSGLT2阻害薬を併用する場合には、DPP-4阻害薬の場合に準じて、以下の通りSU薬の減量を検討することが必要である。

  • ・グリメピリド2mg/日を超えて使用している患者は2mg/日以下に減じる
  • ・グリベンクラミド1.25mg/日を超えて使用している患者は1.25mg/日以下に減じる
  • ・グリクラジド40mg/日を超えて使用している患者は40mg/日以下に減じる

<ケトアシドーシス>

4例のケトアシドーシスが報告され、インスリンの中止、極端な糖質制限、清涼飲料水多飲など原因となっている。血糖コントロールが良好であっても血中ケトン体増加が認められることがある。SGLT2阻害薬投与に際しては、インスリン分泌能が低下している症例への投与ではケトアシドーシスの発現に厳重な注意が必要である。同時に、栄養不良状態、飢餓状態の患者や極端な糖質制限を行っている患者に対するSGLT2阻害薬投与開始やSGLT2阻害薬投与時の口渇に伴う清涼飲料水多飲はケトアシドーシスを発症させうることに一層の注意が必要である。

<脱水・脳梗塞等>

循環動態の変化に基づく副作用として、重症の脱水が15例で報告された。さらに、12例の脳梗塞も報告された。脳梗塞発症者の年齢は50代から80代である。脳梗塞はSGLT2投与後数週間以内に起こることが大部分で、調査された例ではヘマトクリットの著明な上昇を認める場合があり、SGLT2阻害薬による脱水との関連が疑われる。また、SGLT2阻害薬投与後に心筋梗塞・狭心症が6例報告された。SGLT2阻害薬投与により通常体液量が減少するので、適度な水分補給を行うよう指導すること、脱水が脳梗塞など血栓・塞栓症の発現に至りうることに改めて注意を喚起し、高齢者や利尿剤併用患者等の体液量減少を起こしやすい患者に対するSGLT2阻害薬投与は、十分な理由がある場合のみとし、特に投与の初期には体液量減少に対する十分な観察と適切な水分補給を必ず行い、投与中はその注意を継続する。脱水と関連して、高血糖高浸透圧性非ケトン性症候群も2例報告された。また、脱水や脳梗塞は高齢者以外でも認められているので、非高齢者であっても十分な注意が必要である。脱水に対する注意は、SGLT2阻害薬投与開始時のみならず、発熱・下痢・嘔吐などがある時ないしは食思不振で食事が十分摂れないような場合(シックデイ)には万全の注意が必要であり、SGLT2阻害薬は必ず休薬する。この点を患者にも予めよく教育する。

また、脱水がビグアナイド薬による乳酸アシドーシスの重大な危険因子であることに鑑み、ビグアナイド薬使用患者にSGLT2阻害薬を併用する場合には、脱水と乳酸アシドーシスに対する十分な注意を払う必要がある(「ビグアナイド薬の適正使用に関する委員会」http://www.jds.or.jp/)

<皮膚症状>

皮膚症状は薬疹、発疹、皮疹、紅斑など非重篤のものを含めれば500例以上が報告され最も頻度の高い副作用となっている。全ての種類のSGLT2阻害薬で皮膚症状の報告がある。皮膚症状が全身に及んでいるなど症状の重症度やステロイド治療がなされたことなどから重篤と判定されたものも80例以上に上っている。また1例ではあるが粘膜に病変を認める重篤なスティーブンス・ジョンソン症候群と推察される症例が報告され注意が必要である。これらの重篤な皮膚障害は、治験時に殆ど認められていなかったものである。皮膚症状はSGLT2阻害薬投与後1日目からおよそ2週間以内に発症している。今後SGLT2阻害薬投与に際しては、投与日を含め投与後早期より十分な注意が必要である。尚、これらの皮膚症状が特定の薬剤に多いのか、このクラスの薬剤に共通の副作用であるか、現時点では不明であり、今後注意深い観察が必要である。しかし、あるSGLT2阻害薬で皮疹が出現し一旦改善した後、別の種類のSGLT2阻害薬に切り替えたところ、直ちに皮疹が再燃した例も数例あり、SGLT2阻害薬の間で交差反応性があることが示唆されている。従って、あるSGLT2阻害薬で薬疹を生じた症例では、別のSGLT2阻害薬に変更しても薬疹が生じる可能性があるため、SGLT2阻害薬以外の薬剤への変更を考慮するべきである。いずれにせよ皮疹を認めた場合には、速やかに皮膚科医にコンサルトすることが重要である。特に粘膜(眼結膜、口唇、外陰部)に皮疹(発赤、びらん)を認めた場合には、スティーブンス・ジョンソン症候群などの重症薬疹の可能性があり、可及的速やかに皮膚科医にコンサルトするべきである。

<尿路・性器感染症>

治験の時からSGLT2阻害薬使用との関連が認められている。これまで、尿路感染症が120例以上、性器感染症が80例以上報告された。尿路感染症は腎盂腎炎、膀胱炎など、性器感染症は外陰部膣カンジダ症などである。全体として、女性に多いが男性でも報告されている。投与開始から2,3日および1週間以内に起こる例もあれば2か月程度経って起こる例もある。腎盂腎炎など重篤な尿路感染症も12例報告された。尿路感染・性器感染については、質問紙の活用を含め適宜問診・検査を行って、発見に努めること、発見時には、泌尿器科、婦人科にコンサルテーションすることが重要である。

以上、SGLT2阻害薬が発売されてから約3か月半の副作用情報を踏まえ、その使用にあたっての重要な注意喚起を行った。本薬剤は適応を十分に考慮した上で、添付文書に示されている安全性情報に十分な注意を払い、また本Recommendationを十分に踏まえて、特に安全性を最優先して適正使用されるべき薬剤である。発売日から3ヵ月間に本剤を服用した高齢者(65歳以上)では全例の特定使用成績調査が定められており、是非ともそれに則った使用が推奨される。尚、本委員会は継続的にSGLT2阻害薬の安全性情報を収集・分析し、必要な注意喚起を行っていく。

「SGLT2阻害薬の適正使用に関する委員会」

  • 京都大学大学院医学研究科 糖尿病・内分泌・栄養内科学 稲垣暢也
  • 東京大学大学院医学系研究科 分子糖尿病科学 植木浩二郎
  • 川崎医科大学 総合内科学1 加来浩平
  • 東京大学大学院医学系研究科 糖尿病・代謝内科 門脇孝
  • 関西電力病院 清野裕
  • 旭川医科大学内科学講座病態代謝内科学分野 羽田勝計
  • 東京大学大学院医学系研究科皮膚科学 佐藤伸一

ビグアナイド薬の適正使用に関するRecommendation

2014年3月28日 改訂

我が国のビグアナイド薬の投与患者において、諸外国と比べて必ずしも頻度は高くはないものの乳酸アシドーシスが報告されている。乳酸アシドーシスは、しばしば予後不良で、死亡例も報告されており、迅速かつ適切な治療を必要とする。ビグアナイド薬の投与患者における乳酸アシドーシス症例を検討したところ、以下の特徴が認められた。すでに各剤の添付文書において禁忌や慎重投与となっている事項に違反した例がほとんどであり、添付文書遵守の徹底がまず必要と考えられた。尚、投与量や投与期間に一定の傾向は認められず、低用量の症例や、投与開始直後あるいは数年後に発現した症例も報告されていた。このような現状に鑑み、乳酸アシドーシスの発現を避けるためには、投与にあたり患者の病態・生活習慣などから薬剤の効果や副作用の危険性を勘案した上で適切な患者を選択し、患者に対して服薬や生活習慣などの指導を十分に行うことが重要である。以上のような観点から、本「ビグアナイド薬の適正使用に関する委員会」からのRecommendationとして、具体的な注意事項を以下にまとめた。

乳酸アシドーシスの症例に多く認められた特徴

  • 1) 腎機能障害患者(透析患者を含む)
  • 2) 脱水、シックデイ、過度のアルコール摂取など、患者への注意・指導が必要な状態
  • 3) 心血管・肺機能障害、手術前後、肝機能障害などの患者
  • 4) 高齢者

高齢者だけでなく、比較的若年者でも少量投与でも、上記の特徴を有する患者で、乳酸アシドーシスの発現が報告されていることに注意。

<Recommendation>

まず、経口摂取が困難な患者や寝たきりなど、全身状態が悪い患者には投与しないことを大前提とし、以下の事項に留意する。

1) 腎機能障害患者(透析患者を含む)

メトグルコを除くビグアナイド薬は、腎機能障害患者には禁忌である。

メトグルコは、中等度以上の腎機能障害患者では禁忌である。SCr値(酵素法)が男性1.3 mg/dL、女性1.2 mg/dL以上の患者には投与を推奨しない。高齢者ではSCr値が正常範囲内であっても実際の腎機能は低下していることがあるので、eGFR等も考慮して腎機能の評価を行う。ショック、急性心筋梗塞、脱水、重症感染症の場合やヨード造影剤の併用では急性増悪することがある。尚、SCrがこの値より低い場合でも添付文書の他の禁忌に該当する症例などで、乳酸アシドーシスが報告されている。

2) 脱水、シックデイ、過度のアルコール摂取などの患者への注意・指導が必要な状態

全てのビグアナイド薬は、脱水、脱水状態が懸念される下痢、嘔吐等の胃腸障害のある患者、過度のアルコール摂取の患者で禁忌である。

利尿作用を有する薬剤(利尿剤、SGLT2阻害薬等)との併用時には、特に脱水に対する注意が必要である。

以下の内容について患者に注意・指導する。また患者の状況に応じて家族にも指導する。シックデイの際には脱水が懸念されるので、いったん服薬を中止し、主治医に相談する。脱水を予防するために日常生活において適度な水分摂取を心がける。アルコール摂取については、過度の摂取を避け適量にとどめ、肝疾患などのある症例では禁酒する。

3) 心血管・肺機能障害、手術前後、肝機能障害などの患者

全てのビグアナイド薬は、高度の心血管・肺機能障害(ショック、急性うっ血性心不全、急性心筋梗塞、呼吸不全、肺塞栓など低酸素血症を伴いやすい状態)、外科手術(飲食物の摂取が制限されない小手術を除く)前後の患者には禁忌である。また、メトグルコを除く全てのビグアナイド薬は、肝機能障害には禁忌である(メトグルコでは軽度~中等度の肝機能障害には慎重投与である)

4) 高齢者

メトグルコを除くビグアナイド薬は高齢者には禁忌である。

メトグルコは高齢者では慎重投与である。高齢者では腎機能、肝機能の予備能が低下していることが多いことから定期的に腎機能、肝機能や患者の状態を慎重に観察し、投与量の調節や投与の継続を検討しなければならない。特に75歳以上の高齢者ではより慎重な判断が必要であり、原則として新規の患者への投与は推奨しない。

「ビグアナイド薬の適正使用に関する委員会」

  • 京都大学大学院医学研究科 糖尿病・内分泌・栄養内科学 稲垣暢也
  • 東京大学大学院医学系研究科 分子糖尿病科学 植木浩二郎
  • 川崎医科大学 総合内科学1 加来浩平
  • 東京大学大学院医学系研究科 糖尿病・代謝内科 門脇孝
  • 関西電力病院 清野裕
  • 旭川医科大学内科学講座病態代謝内科学分野 羽田勝計
 
糖尿病医会事務局だより
京都糖尿病医会副会長 鍵本伸二

大雨続きの夏が終わって晴天の日が増えてまいりましたが、水害や土砂災害に遭われた地域ではまだまだ苦難が続いていることを思うと、平穏に晴天を楽しんでいるのが心苦しくなります。京都府下でも多くの被害が報道されていましたが、会員の先生方、皆様ご無事でしたでしょうか。

さて、糖尿病医会が和田会長体制になってあっという間に3年が過ぎ、今年6月の理事会では満場一致で和田会長に続投をお願い致しました。ということは、私が事務局を引き受けてからも3年が過ぎたわけですが、いつまでたっても拙い運営で恐縮致しております。今後ともできる限りスムーズな運営ができるよう、努力して参りたいと思いますので、お気づきの点などありましたら、お気軽にご連絡を頂戴できますと幸いです。また、勤務先や連絡先の変更などがありましたら、事務局までご連絡を頂戴できますと大変有り難いです。総会のご案内や会報をお送りした際に、返送されてきてはじめて把握する事が多いですので。

ところで、事務局だよりと称して毎回賑やかしに何かしら書かせていただいておりますが、今回はSGLT2阻害薬に絡んで、与太話を少しばかり。SGLT2阻害薬は、尿糖排泄を増やして、エネルギー収支をマイナスにシフトするという作用機序から、体重減少効果も期待されています。これまでに当院でSGLT2阻害薬を処方した症例もほとんどが、薬を増やすと体重が増えてしまうケース、GLP-1アナログの効果が薄れて体重やHbA1cがリバウンドしてしまったケースなど、体重との絡みで治療が手詰まりになっていた患者さんに、体重減少効果を期待して使ったものです。8月末で8週以上フォローできた症例12例を集計してみて面白い事に気付きました。SGLT2阻害薬開始前のBMIが低いほど投与8週後のHbA1c低下が大きく(図1)、また体重減少も大きかったのです(図2)。極めて少数例の観察で、また投与した患者層も偏っていますので、これが普遍的な現象かどうかは全くわかりませんが、以下は私の勝手な推測です。開始前のBMIが高い症例は、もともと食事療法が守れていなかったのでしょう。そういう症例では、SGLT2阻害薬を服用する事によってエネルギー収支がマイナスになり、空腹感が強くなると食事量が増えてしまい、効果を相殺してしまったのではないでしょうか。つまり、自分に甘くて食事療法が守れない人は、SGLT2阻害薬の効果が出にくいのであろうと考えています。結局のところ、新薬が出てきても糖尿病治療には食事療法が重要なのだとあらためて感心している次第です。

開始前のBMI

【図1】SGLT2阻害薬開始前のBMI(横軸)と8週後のHbA1c変化量(縦軸)

開始前のBMI

【図2】SGLT2阻害薬開始前のBMI(横軸)と8週後の体重変化量(縦軸)

 
保険診療Q&A
  • ・DPP4阻害薬には、いまだに併用が容認されていない血糖降下薬が有ります。能書をよく読んで、誤りの無いようにお願いします。
  • ・在宅自己注射指導管理料は注射回数により点数が異なります。とくに月の途中から自己注射を開始したときは、ご注意ください。また、導入初期加算の算定を利用して下さい。
  • ・SGLT2阻害薬が使用可能になりましたが、血中ケトン体測定を頻回に行う必要がある場合は、必要理由を傷病名に反映させるか、または注記をして下さい。また、スポット尿における尿糖定量は容認されません、ご注意ください。
  • ・経口血糖降下薬の併用薬剤数は京都では制限を設けていませんが、例えば4剤を超えるようなときは、インスリン療法への変更や、あまり有効と思われない薬剤の中止などを考慮して下さい。
  • ・いまだに画一的検査や画一的投薬(めまい病名での重曹、疼痛性疾患に対するノイロトロピンの点滴注射など)が一部の医療機関で見受けられます。症例をよく観察し、その症例に合った医療を行うようにお願いします。
  • ・現在の保険ルールは実臨床と乖離した内容が多々あります。可能な限り実臨床に即した審査となるように審査会に働きかけております。また診療報酬改定時には糖尿病学会にも要望を提出し、少しでも実臨床を考慮した改定となるように努力しておりますが、当面は現行のルールに則って診療して頂きますようお願い致します。理不尽と思われる査定などありましたら、事務局までご連絡ください。
  • ・保険とは直接関係はありませんが、SGLT2阻害薬が発売され、当初から予想されていた副作用は勿論のこと、予想されていなかった副作用も多数報告され、「SGLT2阻害薬の適正使用に関するRecommendation」が出されています。よく読んでお使いください。高齢者やインスリン療法者、或いは経口血糖降下剤を多数併用している例には特にご注意ください。
(文責:京都糖尿病医会会長 和田成雄)
 
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