メタ・アナリシスから臨床研究を読み解く
天理よろづ相談所病院 内分泌内科
林野 泰明 先生
メタ・アナリシスという用語はシステマティックレビューという用語と混同されて用いられることが多いが、本来はシステマティック・レビューに含まれているプロセスである。システマティック・レビューとは、あるクリニカルクエスチョンに対して,研究を網羅的に調査し,同質の研究をまとめ,バイアスを評価しながら分析・統合を行うことであり、メタ・アナリシスとはそのうち、効果指標の値を統計学的に統合し,統合値と信頼区間を計算し,定量的統合を行う過程を指す。前者を定性的システマティックレビュー、後者を定量的システマティックレビュー(メタアナリシス)と区別して呼ぶ場合もある。
システマティック・レビューに関しては、統計学的に統合された結果のみがひとり歩きする場合が多いが、メタ・アナリシスはいわばそのテーマに関するナレッジ・ベースであり、テーマを設定して論文を収集し、論文の質を評価したり、結果の非一貫性の原因を探求するプロセスを含む情報の総体に情報としての価値が存在する。メタ・アナリシスを行う際に、事前にプロトコルを作成し、PRISMA (Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses) Statementと呼ばれるガイドラインに従って論文を作成することが求められるようになってきている。事前に作成したプロトコルはPROSPEROと呼ばれるデータベースに登録することが推奨されている。
メタ・アナリシスを行う際には、非一貫性(heterogeneity)の評価を行う必要がある。不均一なデータをそのまま統合することは問題があるため、非一貫性の原因を探索する必要がある。非一貫性は臨床的な非一貫性と統計学的な非一貫性という区別を行う場合もある。母集団、介入方法、アウトカムの設定、研究方法や質の違いにより非一貫性が生じる場合がある。その場合には、サブグループ解析なメタ回帰分析などを行う必要がある。
メタ・アナリシスの結果は集団の平均値であり、特にランダム化比較試験のメタ・アナリシスは限られた集団における介入の効果の結果をまとめたものである。そのため、メタ・アナリシスの結果については、研究が行われた背景と目の前の患者の個別の背景とを照らし合わせて適応可能性を判断しながら臨床応用する必要がある。
大規模臨床試験の見方、考えかた
臨床研究適正評価教育機構(J-CLEAR)
理事長 桑島 巌 先生
はじめに
EBMの概念が登場して以来、治療学はそれまでの経験主義や実験手技から科学的根拠に基づくものへと大きく変わったが、一方において当初懸念された通り、企業戦略や医療政策に利用されるようになったことも事実である。EBMをより正しい方向に導くためにもその適正解釈は不可欠であり。昨今相次いで発表されている大規模臨床試験からの教訓は少なくない。EBMの根幹をなす大規模臨床試験の見方考え方について改めて考えてみたい。
1.エビデンスの批判的吟味はEBMの基本
エビデンスは、特定疾病の均一な集団での結果に過ぎず、目の前の患者にその結果をそのまま適応するとは限らない。たとえば75歳以上の後期高齢者の心房細動の症例において、ワルファリンが脳塞栓の予防に有用であることがBAFTA試験1)で証明されたが、本試験に参加した被験者は75歳以上ではあっても認知症による薬の飲み忘れがなく、日常生活も自立している健常な高齢者ばかりであることを念頭に置く必要がある。日常診療で診察する後期高齢者では、自立した元気な老人もいれば、認知症で薬の自己管理が出来ない人、足腰の筋力低下や膝関節症によって自力歩行もままならない人など様々である。このような高齢者では本試験の結果をそのまま当てはめる訳にはいかない。
高齢者の高血圧治療に関しても然りである。80歳以上の高齢者を対象として利尿薬を第一選択薬とした実薬治療群とプラセボ群の脳卒中発症と死亡率を比較したHYVET試験2)では、後期高齢者でも降圧薬治療を行うことの安全性と有用性が証明されたが、この試験でも対象となっているのは自立した、認知症もなく、他の合併症も少ない後期高齢者であることは知っておくべきである。実際の日常診療における後期高齢者では腎機能や肝機能が低下した症例や、関節炎や腰痛、胃潰瘍などに対して多くの薬を服用している症例も少なくなく、3剤も4剤も追加することはかえって副作用の危険性をもたらす可能性もあることは考慮しなければならない。
2.“都合のよい解釈”への警戒は必要:エビデンスの質を見極めることの重要性:
今日多くの大規模臨床試験は製薬企業の経済的支援によって行われているのが実情である。Bourgeoisら3)は、1999年にNIHの臨床試験登録サイトClinicalzTrial.govにレジストリーされ、2000年から2006年に発表された高脂血症治療薬や抗うつ薬などに関する大規模臨床試験について企業支援型の臨床研究発表の特徴についてまとめている。その報告によると登録されてトライアルの63%が企業による経済的支援をうけた試験であったが、試験薬が良好であったという結果は、政府支援型では50%に過ぎなかったのに対して企業支援型では85.4%にもみられたと報告している。(Arch Intern Med 2010:153:158-166)
企業支援の臨床試験には、試験薬が不利の結果がでそうな場合には試験への支援を中止する。あるいは結果を発表させない。二次エンドポイントのなかで試験薬に有利な箇所のみを強調して宣伝する。などの手段がとられることがしばしばある。
“SPIN”とは、ある特定の印象を与えるように意図した都合の良い見解や解釈をいうが、臨床試験の場合には、「主要なエンドポイントに関して統計学的には有意でなかったにもかかわらず、(試験薬あるいは機器機材)による治療が有効であったかのように印象づけるような報告方法のこと」をさすが、Boutronら4)はRCT論文72編について分析した結果、論文タイトルにSpinが含まれていた論文が13編、要約の結果と結論にspinがみつかったのはそれぞれ27編と42編であり、実際の結果との整合性に欠ける論文が非常に多いと指摘している。(JAMA 2010;303:2058)
3. 二次エンドポイントや後付解析は偶発的要素が強い
一次エンドポイントに差がつかなったために、二次エンドポイントにおいて試験薬有利な点を探しだしそれを大々的に報道する例は枚挙にいとまがない。代表的な試験はVALUE試験5)であるが、本試験ではARBバルサルタンの心血管複合エンドポイント発症を一次エンドポイントとして、長時間作用型Ca拮抗薬と比較した試験であるが。結果においては、一次エンドポイントにおいて対照薬であるCa拮抗薬との間に有意差はつかなかった。また二次エンドポイントにおいて心筋梗塞や脳卒中発生において有意、あるいは有意傾向をもってARB治療群の方が多かったにもかかわらず、論文発表においては代理エンドポイントにすぎない新規糖尿病発症のみARB治療群で有意に少なかったことを強調したり、さまざまな補正を加えた後に、心不全はARB治療群の方が予防効果にすぐれるとの報道をおこなった。統計的な補正を加えるということば実地診療においてはあり得ないことであり、ほとんど参考にならないどころか誤った方向に治療を導くことになりかねない。
また多くの不整脈専門家はupstream治療としてARBが心房細動再発予防に有用であると主張してきた。しかしARBがプラセボあるいは他の降圧薬よりも心房細動一次予防あるいは再発予防に優れるとの結果は、すべて二次エンドポイントの結果として発表されたものであった。近年あいついでARBのAF予防効果を一次エンドポイントとして設定したGISSI-AF試験6)やJ-RHYHTM2試験7)などの結果はいずれもARBには心房細動再発予防効果がないことを証明した。
ARBはレニンーアンジオテンシン系を受容体レベルでブロックするという新しいタイプの降圧薬として期待をもって登場したが、ELITE試験8)は高齢者の心不全患者を対象として、血清クレアチニン値26.5μmol/L(0.3mg/dL)以上の持続的上昇を一次エンドポイントとして設定しておこなわれたARBとACE阻害薬の最初の比較試験である。その結果、一次エンドポイントには有意差は認められなかったが、二次エンドポイントである全死亡または心不全による入院においてロサルタンが有意に優れているという結果であった。この二次エンドポイントの結果が強調されて、期待の新薬ARBがACE阻害薬よりも心不全予防に優れるかのような印象を臨床医に与えた。しかし一次エンドポイントを心不全患者にとってもっとも重要な“死亡”に設定しなおし、かつ対象症例も722例から3152例へと4倍以上増やし、追跡期間も48週から79週まで延長したELITE-2試験9)の結果では、ARBとACE阻害薬の一次エンドポイント予防効果、すなわち死亡回避効果には差がないことが種名された。以来今日にいたるまで、心不全治療に対するARBのACE阻害薬に対する優位性は証明されていない。
また我が国のガイドラインにおいて、糖尿病患者に対して、ACE阻害薬やARBが推奨されている。しかしRA系抑制薬が新規糖尿病発症予防効果があるとされたこれまでの成績はいずれも二次エンドポイントあるいは後付サブ解析の結果にすぎない。
たびたび引用するがVALUE試験5)では、エンドポイントの中に、心筋梗塞や脳卒中とならんで、新規糖尿病発症が組み込まれているのである。しかも心筋梗塞や脳卒中などはアムロジピンの方が有意あるいは有意傾向をもってバルサルタン群よりもすぐれているのに、新規糖尿病発症だけはバルサルタン治療群の方が優れていることを誇張している。心筋梗塞、脳卒中などの真のエンドポイントと新規糖尿病発症などの代理エンドポイントを同列に扱うこと自体が不自然であり、さらに解析方法までもが異なった方法なのである。心筋梗塞、脳卒中を含めた複合エンドポイントはハザードリスクで算出しているのに、新規糖尿病発症はオッズ比で解析しているという奇妙な結果なのである。なにより代理エンドポイントは心血管病という一次エンドポイントを推定する材料として設定されるべきなのに、新規糖尿病は予防しても心筋梗塞はむしろ多いという矛盾した結果を発表しているのである。新規糖尿病を一次エンドポイントとして設定して行われたDREAM試験10)ではACE阻害薬ラミプリルの新規闘病病発症予防効果はプラセボと差を認めなかった。また耐糖能障害を有する患者でのARBバルサルタンの有用性をプラセボと比較したNAVIGATOR試験11)では、バルサルタンは新規糖尿病への進展をごく僅かに予防したものの、そのことが心血管合併症予防効果にはまったく繋がらないという結果であった。
4.方法論としてのPROBE法の問題点
近年、とくにわが国では二重盲検法が施行しにくいという実状からPROBE法が広く用いられるようになっている。PROBE法とは、prospective randomized open-blind endpointの略であり、医師も被験者も試験薬群に割り当てられているのか、あるいは対照薬なのかが分かっている割り付け方法である。しかしもし担当医がエンドポイントが発生したと判断し、そのレポートがイベント判定委員会に送付された場合、イベント判定委員は、そのイベントがどちらの群で発生したのかは分からない仕組みである。PROBE法は、二重盲検法にくらべて実行しやすく、かつ患者にも説明しやすいことからわが国の臨床試験でも好んで用いられている方法である。
ARBバルサルタンの心血管合併症予防効果を非ARB治療と比較したJIKEI-HEART試験12)、KYOTO-HEART試験13)ではこの方法が用いられている。どちらの試験においてもARBの方が非ARBに比べて格段に優れているという結果を導きだしている。一次エンドポイントとしては、心筋梗塞、入院を必要とする心不全、入院を必要とする狭心症などを含めた複合心エンドポイントを設定しており、その内訳をみると、心筋梗塞や心血管死では両治療群に有意差は認めないが、狭心症、心不全、一過性脳虚血発作において大幅にARBに優れているという結果を導いている。
実は、PROBE法で試験を行う場合にはエンドポイントの設定において現場の担当医師の判断が入りやすいエンドポイントを設定してはいけないという約束事がある。循環器疾患であれば、たとえば狭心症による入院、心不全による入院、一過性脳虚血発作による入院などがこれに相当する。これらはいずれも客観性に乏しく、主治医の判断によって決定されるところに問題があるのである。同じバルサルタンを用いて二重盲検法で行われた臨床試験であるVALUE試験5)では、一次エンドポイントには有意差はみられなかったものの、二次エンドポイントである心筋梗塞においてバルサルタンの方が比較対照薬であるアムロジピンよりも有意にその発症が多いことが示され、また狭心症の発生も有意にバルサルタン群で多いことが示されている。同じ薬剤でありながら、狭心症の発生が二重盲検法という厳格な方法で比較すると非常に多い、PROBE法というオープン試験で行うと断然少ないという奇妙な結果になってしまっているのである。この件に関する詳細はHypertens Res誌に投稿した”Magic ARB or Magic Trial?14)をお読みいただきたい。
おわりに
臨床試験の根幹をなすエビデンスは臨床試験によって得られるが、その臨床試験が企業の経済的支援によって運営されている以上、臨床医に求められるのは結果を鵜呑みにするのではなく、結果とその解釈を批判的に吟味する姿勢が求められるのである。
注:ClinicalTrials.gov は米国のNIH(国立衛生研究所)が提供する、172カ国約9万件の臨床試験を登録・公開しているレジストリーであり、日本からも約1500件のトライアルが登録されている。世界的な学術雑誌では、臨床試験に関する論文の投稿に際してレジストリーへの登録を義務付けている。
文献
1. Mant J et al on behalf of BAFTA investigators and Midland research practices network (MidReC): Warfarin versus aspirin for stroke prevention in an elderly community population with atrial fibrillation (the Birmingham atrial fibrillation treatment of the aged study, BAFTA): a randomised controlled trial. Lancet. 2007; 370: 493-503.
2. Beckett NS et al for the HYVET study group: Treatment of hypertension in patients 80 years of age or older. N Engl J Med. 2008; 358: 1887-98
3.Bourgeois FT et al. Outcome reporting among drug trials registered in clinicaltrials.gov. Ann Intern Med 2010:153:158-166
4.Boutron I, et al. Reporting and interpretation of randomized controlled trials with statistically nonsignificant results for primary outcomes. JAMA 2010:303:2058-2064
5.Julius S et al for the VALUE trial group: Outcomes in hypertensive patients at high cardiovascular risk treated with regimens based on valsartan or amlodipine; the VALUE randomised trial. Lancet. 2004; 363: 2022-31
6. Disertori M et al for the GISSI-AF investigators: Valsartan for prevention of recurrent atrial fibrillation. N Engl J Med. 2009; 360: 1606-17
7.Yamashita T, et al. A Randomized Study of Angiotensin II Type 1 Receptor Blocker vs Dihydropyridine Ca Antagonist for Treatment of Paroxysmal Atrial Fibrillation in Patients with Hypertension. 第75回日本循環器学会総会 2010.3月
8. Pitt B et al on behalf of ELITE study investigators. Randomised trial of losartan versus captopril in patients over 65 with heart failure; evaluation of losartan in the elderly study, ELITE. Lancet. 1997; 349: 747-752
9. Pitt B et al on behalf of the ELITE II investigators. Effect of losartan compared with captopril on mortality in patients with symptomatic heart failure; randomised trial-the losartan heart failure survival study ELITE II. Lancet. 2000; 355: 1582-1587
10. DREAM trial investigators: Effect of ramipril on the incidence of diabetes. N Engl J Med. 2006; 355: 1551-62
11. The NAVIGATOR Study Group: Effect of Valsartan on the Incidence of Diabetes and Cardiovascular Events. N Engl J Med. 2010; 362: 1477-90
12.Mochizuki S et al for the Jikei Hearty Study group: Valsartan in a Japanese population with hypertension and other cardiovascular disease (Jikei Heart Study): a randomised, open-label, blinded endpoint morbidity-mortality study. Lancet. 2007; 369: 1431-9
13.Sawada T, et al.; the KYOTO HEART Study Group: Effects of valsartan on morbidity and mortality in uncontrolled hypertensive patients with high cardiovascular risks: KYOTO HEART Study. Eur Heart J. 2009; 30: 2461-9
14.Kuwajima I. Magic ARB, or magic trial? Hypertens Res 2010:33:414-415
ディスカッション:「糖尿病臨床データのピットホール」